”私の娘”フィルター、発動!
母はいつも”私のかわいい娘”フィルターを通して私を見ている。母の目に映るのは37歳児の私。
優しくてかわいくて、勉強ができて頑張り屋、周りのみんなから好かれていると思っている。
(すごい、アイドルかな?)
実際の私は容姿には自信がないし真面目な性格でも勉強はできなかった。頑張れるのは好きなものに対してだけで、当たり前だが誰からも好かれているわけじゃない。
子育てが母にとっての”生きがい”だったようで、私に対する願望や期待値は昔から高かった。
娘ちゃんなら○○って言ってくれる、こんな事言うはずない。
娘ちゃんは○○なんてしない。
○○はしちゃだめ。○○は危ないから。○○は心配だから。
なんとまあ、縛りが多いこと。
こんな感じなので、
二十代の頃、知人から紹介したい人がいると言われ会ってみたいと伝えれば
母、大号泣。
「本当は結婚したいの?」
「お母さんを見捨てないでよ」
「なんで勝手に(会うことを)決めちゃうの?」
「もう、お母さんのこと必要ないみたいじゃん」
「まず、私を通すべきでしょ!」
審査官?
審査基準は、なんだろう
便利な振り分け機能
後日、紹介者の知人夫婦と相手の人に会いにいった。が、途中で母が迎えに来てしまいこの話は終わりである。
今は笑い話にできるが、当時は紹介してくれた人になんて説明しようか相手の人から来るLINEをなんて返せばいいのか頭を悩ませていた(LINEのやりとりは続くはずもなく通知はすぐに来なくなった)
何より母を泣かせてしまったことへの罪悪感が大きかった。恋愛は、今はしなくてもいいだろう。そう思った。
恋愛しようとすることは、とても面倒臭い事態になる。
私の中で自動的に恋愛は”面倒臭いカテゴリー”に振り分けられた。
オタク全開!推し活はこころを救う?
恋愛をしなくても、彼氏がいなくても、正直私は平気だった。
なぜなら私はオタクだったからだ。
もともとゲーム、アニメ好きで映画も読書もハマるものにはとことんハマるタイプだった。一人で何かに没頭する時間が何より好きだった(そう、恋愛よりも)
好きな漫画の二次創作にハマり、好きな声優、アイドル、ユーチューバーの情報を追う日々。アニメグッズは発売日や特典をチェックし、円盤を買い揃え、推しの誕生日は投げ銭もできた(もちろんほどほどに)
そんなこんなで推し活に特化した毎日を過ごしていた。幸い、私は仕事が好きだったし、家と会社の往復ばかりの毎日でも趣味が充実していれば気にならなかった。
心を満たすものがたくさんあるのは逃げ場がたくさんあるようで、好きなものたちには本当に助けられた。
気づいたら三十代、
三十代も後半になった。
今は推し活をする時間も少なくなり、忙しく日々のタスクに追われている。
だってもう12月。
今年も残りわずかじゃないか。

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